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東京地方裁判所 平成8年(行ウ)132号 判決 1998年6月29日

原告

後藤雄一(X)

被告(都水道事業管理者(都水道局長))

今井裕隆(Y1)

同(同右)

菊田靖(Y2)

同(同右)

川北和德(Y3)

同(都水道事業管理者(都下水道局長))

村田恒雄(Y4)

同(同右)

曽我部博(Y5)

右両名訴訟代理人弁護士

伊藤健次

今井克治

主文

一  本件訴えのうち、被告今井裕隆に対する訴え並びに同菊田精及び同村田恒雄に対する各訴えのうち平成七年四月二日以前に支出された手当に係る訴えをいずれも却下する。

二  原告の被告村田恒雄及び同菊田精に対するその余の訴えに係る請求並びに被告川北和德及び同曽我部博に対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  被告今井裕隆は、東京都に対し、二一億〇一六〇万円及びこれに対する平成八年七月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告菊田精は、東京都に対し、三六億〇八〇〇万円及びこれに対する平成八年七月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告川北和德は、東京都に対し、一五億円及びこれに対する平成八年七月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四  被告村田恒雄は、東京都に対し、四五億九二〇〇万円及びこれに対する平成八年七月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

五  被告曽我部博は、東京都に対し、一一億六〇〇〇万円及びこれに対する平成八年七月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要等

一  事案の概要

本件は、東京都(以下「都」という。)の住民である原告が、都水道局及び都下水道局がそれぞれの職員に対し業務手当の名の下に一律に特殊勤務手当を支給したのは違法であるとして、平成四年度ないし平成七年度に支出された都水道局及び都下水道局の右手当につき、水道事業管理者あるいは下水道事業管理者として財務会計行為を行った被告らに対し、地方自治法二四二条の二第一項四号前段の規定に基づき、それぞれ在任中に支給した額に相当する金額を都に返還するよう求める事案である。

二  法令の規定

1  都は、普通地方公共団体として、その区域における上水道その他の給水事業及び下水道事業等に係る企業の経営を行うものとされている(地方自治法二条二項、三項三号、六項一号)。そして、地方公共団体の行う水道事業(簡易水道事業を除く。)に係る企業については、その経営に関して地方自治法の特例を定めた地方公営企業法(以下「法」という。)の適用があるものとされている(法二条一項一号、六条)。また、法二条三項及び東京都の下水道事業に地方公営企業法を適用する条例(昭和二七年東京都条例第八二号)によって、都の下水道事業には法の規定が全部適用されるものとされている。

なお、都には、地方公営企業法の規定の全部が適用される地方公営企業として、水道事業、工業用水道事業、軌道事業、自動車運送事業、鉄道事業、電気事業、下水道事業があるほか、地方公営企業法の規定の一部が適用される五事業がある(東京都地方公営企業の設置等に関する条例一条)。

2  地方公営企業においては、事業ごとに管理者を置くこととされ(法七条)、管理者は、地方公営企業の業務を執行し、右業務執行に関し、当該地方公共団体を代表し、職員の給与等に関する事項を掌理し、労働協約を結び、出納その他の会計事務を行うこととされている(法八条一項、九条二号、一三号、一一号、二七条)。

地方公営企業の運営においては、常に企業の経済性を発揮するとともに、その本来の目的である公共の福祉を増進するように運営されなければならないとされている(法三条)。そして、地方公営企業の管理者の権限に属する事務の執行を補助する企業職員の給与は、生計費、同一又は類似の職種の国及び地方公共団体の職員並びに民間事業の従事者の給与、当該地方公営企業の経営の状況その他の事情を考慮し、その職務に必要とされる技能、職務遂行の困難度など、その職務の内容と責任に応ずるものであるだけでなく、職員の発揮した能率を十分に考慮して決定されなければならないとされている(法三八条二、三項)。

3  企業職員の給与は、給料と手当であり、その種類及び基準は条例で定めるものとされ、具体的な額及び支給方法は管理者において定め、企業管理規程中に規定することができるものとされており(法三八条一項、同条四項、九条二号、一〇条)、手当の種類を限定する地方自治法二〇四条二項並びに額及び支給方法をも条例によるべき旨を定める同条三項の適用はない(法六条)。なお、地方公営企業と企業職員との間の労働関係に関しては、地方公営企業労働関係法が規律するが、賃金その他の給与に関する事項は、団体交渉の範囲に含まれる(法三六条、地方公営企業労働関係法七条一号)ことから、企業職員の手当の具体的な額及び支給方法に関する労働協約が有効に締結されたときには、当該協約は労使双方を拘束することになる(地方公営企業労働関係法四条、労働組合法一四条)。また、労働関係に関する労働委員会の仲裁裁定に対しては、当事者は双方とも最終的決定としてこれに服従しなければならず、仲裁裁定は労働協約と同一の効力を有する(地方公営企業労働関係法一六条、四条、労働関係調整法三四条)。そして、条例に抵触する労働協約又は仲裁裁定の内容は、それに沿った条例の改廃がなければ、条例に抵触する限度において効力を生じない(地方公営企業労働関係法八条二項、一六条二項)。

4  都では、東京都公営企業職員の給与の種類及び基準に関する条例(昭和二八年東京都条例第一九号。以下「給与基準条例」という。)を制定し、手当の種類を定め、そのうち特殊勤務手当は、「特殊な勤務で業務能率昂揚のため給与上特別の考慮を必要とし、且つ、その特殊性を給料で考慮することが適当でないものに従事した職員に対して」支給することとしている(給与基準条例二条二項、六条)。

そして、給与基準条例六条に基づき制定された東京都水道局職員の特殊勤務手当に関する規程(昭和二八年東京都水道局管理規程第一一号。乙第三四号証。以下「水道特勤規程」という。)及び東京都下水道局企業職員の特殊勤務手当に関する規程(昭和三七年東京都下水道局管理規程第一八号。甲第九号証。以下「下水道特勤規程」という。)はその各二条一項において、特殊勤務手当を支給する場合を身体、生命に危険を及ぼし又は健康に有害のおそれのあるものと認められる勤務に従事したとき(同項一号)、過度の疲労又は不快を伴う勤務に従事したとき(同項二号)及び事務又は業務の能率の維持、向上のため特に必要と認められる勤務に従事したとき(同項三号。以下この場合に支給される手当を「業務手当」という。)に区分し、業務手当は、職員がそれぞれ定められた勤務に従事したときに、給与日額の一〇〇分の七にその月の正規の勤務日に勤務に従事した日の数を乗じて支給するものとされている(水道特勤規程三条二項、別表第2、下水道特勤規程三条二項、東京都下水道局企業職員の下水道業務手当に関する規程(昭和五六年東京都下水道管理規程第一四号。甲第一〇号証。以下「下水道業務手当規程」といい、下水道特勤規程と合わせて「下水道特勤規程等」という。)三条一項)。なお、業務手当の支給額に関する右各規程の定めは、後記のとおり、昭和五六年五月二七日付けの都地方労働委員会の仲裁裁定に基づくものである。

三  当事者間に争いのない事実等

1  当事者等

原告は、都の住民である。

被告今井裕隆(以下「被告今井」という。)は平成三年五月二二日から平成五年七月一五日までの間、被告菊田精(以下「被告菊田」という。)は同年七月一六日から平成七年五月三一日までの間、被告川北和德(以下「被告川北」という。)は同年六月一日から平成八年三月三一日までの間、それぞれ都の水道事業管理者(都水道局長)であった。また、被告村田恒雄(以下「被告村田」という。)は平成三年五月二二日から平成七年五月三一日までの間、被告曽我部博(以下「被告曽我部」という。)は、同年六月一日から平成八年六月三〇日までの間、それぞれ都の下水道事業管理者(都下水道局長)であった。

2  都水道局及び都下水道局の職員に支給される業務手当の推移

昭和四七年七月に都水道局が、昭和四八年四月に都下水道局が、それぞれそれまで戦災復興等の必要性から維持していた週四八時間体制から週四四時間体制に移行した。その際、週四四時間体制との勤務時間差、二四時間給水体制の維持、施設の二四時間運転管理等事業執行上の必要性及び勤務能率の向上を考慮し、当時、都水道局及び都下水道局の職員の給与の一部に設けていた現業手当を廃止し、特殊勤務手当として業務手当を新たに設定した。

昭和五四年及び昭和五五年、都財政再建委員会から、都水道局及び都下水道局の業務手当について、廃止又は是正を図るべき旨の答申が提出された。

昭和五五年、都議会第四回定例会において、都の下水道料金の値上げが承認されるのに付随して、都下水道局の業務手当の削減を求める旨の付帯決議がされた。

昭和五六年、都水道局及び都下水道局は、労使交渉を行ったが交渉は妥結せず、同年五月二七日付けの都地方労働委員会の仲裁裁定(甲第五号証。以下「本件仲裁裁定」という。)を受け、経過措置を制定した上で、同年二月からも業務手当の額を一月当たり給与日額の一〇〇分の七に勤務日数を乗じたものとした(水道特勤規程二条一項三号、三条二項、別表第2、下水道特勤規程二条一項三号、三条二項、下水道業務手当規程三条一項)。

本件仲裁裁定の理由中には、なお、業務手当が水道事業の現業体としての事業の特殊性を反映したものであること及び世論の批判する問題点が存することにかんがみ事業の性格にふさわしい業務手当の在り方について、労使双方が速やかに真摯な検討を行うことが望ましい旨の記載があった。

平成四年、都水道局及び都下水道局は、完全週休二日制を導入した。

3  平成四年度ないし平成七年度に支出された業務手当(以下「本件業務手当」という。)の各年度ごとの支給額は以下のとおりである。なお、支給対象は、局長を除く各局職員の全員である。

(都水道局)

平成四年度 一八億〇〇八〇万一一五九円

平成五年度 一八億一三〇八万三三三三円

平成六年度 一八億〇二九四万六七九六円

平成七年度 一七億八八〇一万三七二四円

合計 七二億〇四八四万五〇一二円

(都下水道局)

平成四年度 一四億三四一〇万七一一一円

平成五年度 一四億六〇四八万七六七〇円

平成六年度 一四億七三八七万七三九四円

平成七年度 一四億六八一六万六四八三円

合計 五八億三六六三万八六五八円

4  監査請求等

原告は、平成八年四月三日、都監査委員に対し、本件業務手当の支給が違法であるとして、被告らをして合計約一三〇億円を都に対し返還させるべき旨の監査請求(以下「本件監査請求」という。)をした。都監査委員は、同年六月三日、本件監査請求のうち平成四年一月から平成七年三月までに支給された分に係る請求は、監査請求期間を徒過しているとして却下し、その余については、都水道局長及び都下水道局長に対し、本件業務手当の速やかな見直しが行えるよう一層の努力を要望したが、本件業務手当の支給が違法不当とまではいえないとして本件監査請求を棄却した。

原告は、右監査結果を不服として、平成八年七月三日、本件訴訟を提起した。

第三  争点及びこれに対する当事者の主張

一  原告の主張

1  本件業務手当は、局長以外の全職員に一律に支給されているが、このように一律に支給するものは、本来、給料で考慮すべき事項である。また、本件業務手当に該当する分を給料に含め、退職金の支給率を下げることも可能であるから、本件業務手当を給料で考慮すると財政的な困難が生ずるという被告の主張は理由がない。

2  業務能率昂揚が要請されるのは仕事をする者にとって当然であり、業務能率昂揚の要請があることから、当該職務が特殊勤務手当の支給を受けるべき特殊な職務とはいえない。都水道局及び都下水道局の通常の勤務は、他の都職員の通常の勤務と変わりなく、特殊な勤務とはいえないから、本件業務手当は、給与基準条例ひいては地方自治法二〇四条の二に違反する。

3  本件業務手当の支給根拠は、平成四年に完全週休二日制に移行した時点で完全に消滅し、その後、都財政再建委員会、都議会、都地方労働委員会及び都監査委員からの批判があったにもかかわらず、本件業務手当の支給を是正することなく放置していた被告らの責任は重大である。また、昭和五〇年当時から平成六年までの都の上下水道の料金の推移をみると、大幅な値上げが続いているが、にもかかわらず、本件業務手当を支給し続けていたのは、法三八条に違反する。

国家公務員の現業職員、都交通局及び知事部局のいずれにおいても、業務手当に類似した手当の支給は行われていない。

4  被告が主張する特殊勤務については、既に特殊勤務手当が支払われており、本件業務手当にも右特殊勤務に対する手当が含まれているとすれば、二重払いとなっている。

二  被告らの主張

(本案前の主張)

1 被告今井が行った本件業務手当に係る財務会計行為は、すべて、本件監査請求の一年以上前に行われたものであり、また、原告は、当該行為があった日又は終わった日から一年以内に監査請求を行えなかった正当な理由について何ら主張していないから、本件訴えのうち、被告今井に対する訴えは適法な監査請求を前置していない不適法な訴えである。

2 被告村田が行った本件業務手当に係る財務会計行為のうち平成七年四月三日以前に行ったものは、本件監査請求の一年以上前に行われたものであり、原告は、当該行為があった日又は終わった日から一年以内に監査請求を行えなかった正当な理由について何ら主張していないから、被告村田に対する訴えのうち右に係る部分は、適法な監査請求を前置していない不適法な訴えである。また、原告は、被告村田に係る訴えのうち右に係る部分を除いた本件業務手当の支給に関し、具体的な財務会計行為の特定及びこれにより発生した損害額の特定を行っていない。

3 被告菊田が行った本件業務手当に係る財務会計行為のうち平成七年四月三日以前に行ったものは、本件監査請求の一年以上前に行われたものであり、原告は、当該行為があった日又は終わった日から一年以内に監査請求を行えなかった正当な理由について何ら主張していないから、被告菊田に対する訴えのうち右に係る部分は、適法な監査請求を前置しない不適法な訴えである。また、原告は、被告菊田に係る訴えのうち右に係る部分を除いた本件業務手当の支給に関し、具体的な財務会計行為の特定及びこれにより発生した損害額の特定を行っていない。

(本案の主張)

1 給与基準条例六条で規定される特殊勤務手当は、<1>特殊な勤務で、<2>業務能率昂揚のため給与上特別の考慮を必要とし、かつ、その特殊性を給料で考慮することが適当でない勤務であることが支給要件とされている。右<2>の要件は、業務能率昂揚を図るための能率給としての意味があり、知事部局の職員に支給される特殊勤務手当の要件との重大な差異であるが、独立採算制の地方公営企業に対し、常に経済性の発揮を求めている法の趣旨に沿うものである(法三条)。

本件業務手当は、以下に述べるとおり、右のうち主として<2>の業務能率昂揚の要件に着目して支給されているものである。なお、業務能率昂揚が要請されるという特殊性は、恒常的若しくは常態的な特殊性ではあるが、これを給与で考慮すると期末手当、勤勉手当、退職手当の算定基礎となり、地方公営企業の財政的負担があまりに大きくなりすぎる等の理由で、特殊勤務手当として業務手当を支給しているものである。

2 水道事業は、都民の生活や経済活動に不可欠な水を常に供給し続けるという重大な責務(常時給水義務)を負い、事故等に対する即時の対応が求められ、また、水源から蛇口まで一体となった施設を効率的に運営するためにあらゆる部門が企業全体として有機的、一体的に活動することが不可欠であり、かつ、常に企業経済性の発揮を求められ、能率向上に努めなければならないという点で特殊性を有する。

下水道事業は、都市機能に重大な関連を有し、安定性、継続性を要求されるとともに、事故、豪雨等の自然災害に即時に対応する体制をとることが求められ、連続一体の施設を効率的に運営するためにあらゆる部門が企業全体として有機的、一体的に活動することが不可欠であり、かつ常に企業経済性の発揮を求められ、能率向上に努めなければならないという点で特殊性を有する。

そして、右常時給水、常時下水処理という事業の特殊性のため、都水道局及び都下水道局の職員は、自己研鑽、強い緊張の保持と責任感の維持、特段の注意及び事業の横断的な理解と執行をすることが要求されているという点で、都知事部局の職員の標準的な勤務に比して、濃淡の差はあれど、いずれの職員の勤務も特殊性がある。

3 本件業務手当は、業務能率の昂揚を目的とするものであって、勤務時間とは関係のないものである。また、本件業務手当の支給に係る経費は、毎年度、地方公営企業の予算原案として議会に提出され、その細部についてまで精査された審議を受け、年度開始前に議会の議決を経た上で執行されているものであるが、これまで、議会による都水道局及び都下水道局の予算審議及び議決において、本件業務手当が違法ないし不当であるとの指摘を受けたことはない。そして、都財政再建委員会の答申及び都議会において原告主張の財政再建化のために内部努力を求める旨の付帯決議がされたことに対応して、都水道局及び都下水道局は、各労働組合と業務手当の減額について交渉を行い、その結果、本件仲裁裁定がされたものである。なお、都地方労働委員会の仲裁裁定の「なお書き」は、当事者の実行を義務付ける性格のものではなく、本件仲裁裁定の内容も本件業務手当の見直しの実行を課しているわけではないから、今日まで本件業務手当の見直しがなされていなくても、このことが直ちに違法性を帯びるものではない。

水道事業、下水道事業の経営状況が悪化しているときに、給与の抑制、料金の値上げ、職員数の減少などいずれの対策をとるかは企業管理者の経営裁量である。

また、原告は、国家公務員の現業員、都交通局、知事部局には本件業務手当に類似する手当は存在しないとして均衡原則違反を主張するが、均衡原則は単に個別の手当の存否を比較するのではなく、給与全体で判断すべきである。

4 複数の特殊勤務手当がそれぞれ支給目的を異にしている場合、ある特殊勤務手当の支給対象となるとされた勤務が同時に他の観点から他の特殊勤務手当の支給対象となる場合もあり得ることであり、それぞれの特殊勤務手当が考慮している業務の特殊性や業務能率昂揚の必要性が類似するものでなければ併給されるものである。現に本件業務手当は、水道特勤規程及び下水道特勤現程等で、他の特殊勤務手当との併給が明文で禁止されておらず、これは、本件業務手当と他の特殊勤務手当との併給を認める趣旨である。

5 財務会計法規上の義務違反の不存在について

本件業務手当は、労働協約と同一の効力を有する本件仲裁裁定に依拠して制定された水道特勤規程及び下水道特勤規程等に基づいて支給されたものである。そして、本件仲裁裁定の内容は、条例に反するものではないから、本件被告らに裁量の余地はなく、本件業務手当の支給は、本件仲裁裁定によって羈束された行為であった。また、都知事からも、本件業務手当に係る予算審議を毎年行っている都議会からも、本件業務手当が違法であるとの指摘がなされたことはないことからすれば、本件業務手当を支給した行為につき、被告らに財務会計法規上の義務違反は生じないというべきである。

三  証拠

本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、これを引用する。

第四  当裁判所の判断

一  監査請求期間について

1  被告今井が行った本件業務手当に係る財務会計行為は、すべて、本件監査請求の一年以上前に行われたものであり、右に係る原告の監査請求は、いずれも監査請求期間徒過の理由で却下されているところ、本訴においても、原告は、当該行為があった日又は終わった日から一年以内に監査請求を行えなかった正当な理由について何ら主張していないから、本件訴えのうち、被告今井に対する訴えは適法な監査請求を前置しない不適法な訴えである。

2  被告村田が平成三年五月二二日から平成七年五月三一日までに行った本件業務手当に係る支出のうち平成七年四月二日以前に行ったものは、本件監査請求の一年以上前に行われたものであり、右に係る原告の監査請求は、いずれも監査請求期間徒過の理由で却下されているところ、本訴においても、原告は、当該支出があった日又は終わった日から一年以内に監査請求を行えなかった正当な理由について何ら主張していないから、被告村田に対する訴えのうち右に係る部分は、適法な監査請求を前置しない不適法な訴えである。

3  被告菊田が平成五年七月一六日から平成七年五月三一日までに行った本件業務手当に係る支出のうち平成七年四月二日以前に行ったものは、本件監査請求の一年以上前に行われたものであり、右に係る原告の監査請求は、いずれも監査請求期間徒過の理由で却下されているところ、本訴においても、原告は、当該支出があった日又は終わった日から一年以内に監査請求を行えなかった正当な理由について何ら主張していないから、被告菊田に対する訴えのうち右に係る部分は、適法な監査請求を前置しない不適法な訴えである。

二  被告村田及び被告菊田に対する訴えのうち前記不適法なものを除く部分並びに被告川北及び被告曽我部に対する訴えについて

1  前記のとおり、法は、企業職員の給与の決定における考慮事項を一般的に規定し、条例で定めるべきものも企業職員の給与の種類及び基準に止め、給与に関する細目は労働関係に委ねているのであって、前記争いのない事実等によれば、被告村田、被告菊田、被告川北及び被告曽我部は、本件仲裁裁定に従って定められた水道特勤規程、下水道特勤規程等に基づき本件業務手当を支給したものであることが認められる。そして、本件仲裁裁定は、労働協約と同一の効力を持ち、条例に反しない限り、被告らを拘束するのであるから、本件業務手当の支給の適否は本件仲裁裁定の内容が給与基準条例に違反するか否かにより決せられることになる。

ところで、給与基準条例は、二条二項において、手当の種類を列挙し、管理職手当、初任給調整手当、扶養手当あるいは超過勤務手当等の個別的手当の中に特殊勤務手当を掲げ、六条において、特殊勤務手当は<1>特殊な勤務で、<2>業務能率昂揚のため給与上特別の考慮を必要とし、かつ、<3>その特殊性を給料で考慮することが適当でない勤務であることを支給要件としている。したがって、特殊勤務手当を支給するためには、単に、業務能率昂揚のための特別の考慮が要請される勤務であるというだけでは足りず、当該勤務が特殊であること及び当該特殊性を給料で考慮することが適当でないことが要件とされているというべきである。この観点からすると、仮に都水道局又は都下水道局の業務内容につき業務能率昂揚を考慮する必要があるとしても、本件業務手当が様々な職務に服する企業職員の本来の勤務そのものを支給対象とする点で、特殊な勤務に対するものといえるかについては、文理上の疑問なしとしない。

しかし、普通地方公共団体が地方公営企業に委ねられた事務を地方公営企業の経営によることなく常勤の職員をして実施させたときには、当該事務を特殊な勤務ということが可能であること、地方公営企業は普通地方公共団体の事務のうちから分化されたいわば現業に属する特定の事務の実施を担当することからすれば、特定の地方公営企業の業務そのものを特殊と評価し得る場合もあるというべきである。そして、地方公営企業の業務の運営が公共性に加えて経済性を発揮すべきものとされ、原則として、独立の採算の下に経営されるものであること、企業職員に対する給与についても、給与基準条例においては、それぞれ業務内容を異にする地方公営企業に共通する給与の種類及び基準を定めるに止め、その具体的内容は管理者の決定及び最終的には各地方公営企業の労働関係に委ねられていることを考慮すると、給与基準条例六条が規定する特殊な勤務とは、当該地方公営企業の企業職員の勤務内容を基準として著しく危険、不快、不健康又は困難な勤務等を含むとともに、普通地方公共団体の常勤職員の勤務内容又は他の公営企業における勤務内容と対比した場合の当該地方公営企業の業務に一般的な勤務形態の労働過重性、困難性等を排除するものではないと解釈することも可能であるというべきである。

2  都水道局の職員の勤務について

(一) 本件業務手当が支給された当時における都水道局の組織及び職員の配置の概要は別紙1、2のとおりであり(〔証拠略〕)、〔証拠略〕によれば、以下の事実が認められる。

(1) 都水道局においては、渇水時に都水道局内部に渇水対策本部を設置して渇水対策の決定を行うとともに、局内各部署が分担して右渇水対策を実施し、総務部広報課が都民に対する状況説明と節水の呼びかけのための広報広聴活動を行う。その際、水源の状況や今後の見通しなどの調査は経営計画部の職員が中心となって行う。

(2) 都水道局においては、規模の大小はあるものの、ほぼ経常的に(年に一五回程度)、配水管の破裂事故、水質事故が生じており、事故が発生した場合には、関係する事業所及び一般家庭への広報活動、苦情処理、被害状況の調査を行うとともに、浸水被害拡大防止作業、復旧作業、応急給水活動を直ちに行い、給水を再開するための緊急体制をとり、またその指示命令を出すために、水道特別作業隊、水運用センター、水質センター本局の給水部、経理部、総務部、建設部、浄水部、労働部及び営業部等の関連部の職員並びに関係する支所(漏水防止課、配水課、庶務課)及び営業所の職員が対応に当たることが要求されている。

(3) テロ等の危険が生じた際には、水道施設の特別警備を行い、その際には、本局職員を含めて夜間の泊まり込みを含む警備強化を行っており、他県に大規模な災害が生じた際には、応急給水、復旧の支援のため、多数の職員が派遣され、不眠不休で応急給水作業に従事することが要求され、残った職員は、必要物資の緊急調達、送付を行う。

(4) 建設部及び現場の建設事務所は、大規模な水道施設の建設、技術開発、導入に係る業務を行っているところ、水道関係の技術のうち配管技術、耐震技術、高度浄水技術、環境保全技術については、特に高度に専門的、技術的な知識、経験が要求されているが、これらの技術は市場性に乏しいため、計画、技術審査、現場の請負業者の指導等を行う建設部の職員は、各技術に習熟することが必要とされている。また、既存の水道施設の事故が生じた場合に備えて、今日ではほとんど使用されなくなった旧来の技術についても熟知していることが要請されている。

(5) 営業部は、営業所業務の統括、支援を行っており、営業所で対応が困難な事例について、営業所と密接に連携しつつ、顧客対応を行うために専門的、技術的事項を含め、水道事業全般に関する知識が必要とされ、また既述のとおり、事故時における緊急の対応も求められている。

(6) 営業所では、営業係においては主として顧客との対応のため、検針係、工務係及び工事係においてはこれに加えて漏水事故等の現場調査のため、料金収納係においては給水停止執行のため、給水装置、法令等に係る専門、技術的な知識が必要とされている。また、休憩時間中の窓口業務を、支所庶務課職員を含む営業所職員二名の輪番制で行い、営業所の正規の勤務時間終了後から翌日の正規勤務時間開始まで事務職員一名と技術職員又は技能職員一名の計二名で営業所の業務全般にわたる業務を行うなどしているため、各職員とも自己の職種の所管を超えた専門、技術的な知識が要求されている。

(7) 水質センターでは、水質検査を行う等のために、高度の専門的知識を要求されており、水質事故及びその疑いが生じた際には、緊急にその調査を行い、原因を解明することが要請されている。

(8) 水源管理事務所では、水源林及び貯水池の管理、運営に関する業務を行っており、小型船舶操縦士免許、酸素欠乏等危険作業主任者免許等の資格が必要とされる特殊な職務も多い。また、管内の自然災害や事故の発生に対し、常に対応可能な体制をとり、夜間、休日は二名の待機者で対応している。

(9) 浄水管理事務所では、原水を取り入れ浄水処理する業務を行っており、同事務所の職員のうち浄水施設係、浄水設備係、運転管理係、水質係及び排水処理係等の技術系職員においては、いずれも土木技術、電気、機械、化学に関する専門的な知識、技術に基づく判断が求められている。また、これに加えて、前二者については、取水確保、機器の補修の際には、相当に危険な作業に当たることが予定されている。なお、庶務課の職員は、主として予算の確保、材料の調達等を行っているが、事故や自然災害等の際には緊急にこれらの業務を行うこともある。

(10) 都水道局では、都において震災等大規模な災害が発生した場合の復旧作業に当たる職員の初動態勢について、独自の基準を定め、知事部局と比較してより軽度の災害であっても職員の全員が非常参集することとされているが、その場合の参集先は、通常業務に服している勤務地ではなく、職員の居住地を基礎として近接した事業所とされており、職員の職種も職責を問わず、通常服している業務の所管を超えた知識、技術の習得が不可欠である。

(二) 右各事実によれば、都水道局の職員は、いずれも一定規模以上の災害時に、緊急に参集し、通常と異なる勤務を行うことが予定されており、職員の職種、職責を問わず通常服している業務の所管を超えた知識、技術の習得が不可欠であるとされており、これに加えて所属部署ごとに専門的知識の習得、事故時の対応に常に備えるべきこと及び時に危険な作業に従事することが求められるという勤務の特殊性が認められ、そのような特殊性を有する勤務を行う職員に対し、業務能率昂揚を図る必要性も認められる。そして、都水道局職員らに係る業務手当は、右特殊性を給与で考慮すると期末手当、勤勉手当、退職手当の算定基礎となり、地方公営企業の財政的負担が大きくなることをもって、右特殊性を給与で考慮することが適当でないとして、支給されるものであり、給与基準条例六条に違反するものではない。

3  都下水道局の職員の勤務について

(一) 本件業務手当が支給された当時における都下水道局の組織及び職員の配置の概要は別紙3、4のとおりであり(〔証拠略〕)、〔証拠略〕によれば、以下の事実が認められる。

(1) 都下水道局では異常気象時(台風、集中豪雨等)に伴う出動要綱(平成元年一一月一八日施管第三四〇号。乙第四号証)を定め、異常気象時における浸水等の情報の収集及び被害の拡大防止措置等について、適切かつ迅速な対応を図るために必要な事項を定めている。同要綱によれば、判定会議の結果、初動態勢が発令される場合には、総務部の発令を経て、施設管理部、管理事務所、練馬支所、水処理センター(森ケ崎水処理センターの下部組織である南部スラッジプラントを含む。以下同じ。)、処理場の職員二七七名が出動することが予定されており、現実にも一年に数回程度の割合で判定会議が開催され、初動態勢が発令されると、管路関係、処理場及びポンプ場において右予定された人員の二倍程度の職員が待機をし、さらにほぼ同人数の職員が処理場及びポンプ場で施設の運転を行っている。

(2) 施設建設部では、下水道施設の建設に係る設計、工事指導、管理業務を行っており、下水道施設及び土木に関する専門的知識、技術の習得が要求されている。また、工事にともなう道路陥没等の事故が発生し下水管に損傷が生じた場合には、下水の流出を防止し、下水管の復旧を図り、関係行政機関等との連絡調整のための緊急の対応が必要とされており、また、他県で大規模な災害が生じた場合には、緊急に応援のために職員を派遣し、下水道の復旧作業のために不眠不休の作業に当たることが要請されている。また、多摩地区において事故が生じた場合には、関係する処理場等に加えて流域下水道本部が対応している。

(3) 下水道局では、浄水場を交代勤務職員により運転しており、ほとんどすべての事業所で、夜間、休日も職員が勤務に従事しており、勤務に従事していない職員も待機をしたり非常呼び出しに応じられる体制を整えている。

(4) ポンプ所、処理場では、三交代勤務が採用されており、また、工事の夜間監督が必要な場合等、日勤勤務から夜間勤務に振り替えられる場合がある。また、ポンプ所、処理場の業務は、汚水、汚泥を扱うものであり、硫化水素等の有毒ガスや酸素欠乏環境にさらされるおそれがあり、施設、機械設備の管理を行うことから負傷の危険や負傷を原因とする細菌等の感染の危険性がある。

(5) 職員部労務課は、職員の超過勤務に関する協定を労働組合の代表者との間で締結する業務を含む職員の勤務条件に関する業務を行っている。そして、右協定の締結を労働組合が拒否した場合で下水道に関連する事故等により職員の超過勤務の必要性が生じた場合には、緊急に労働組合と協議を行うことができるように二四時間体制を整えている。

(6) 施設管理部管路管理課では、下水道管渠の維持管理、改良、補修、再構築工事を担当している。また、下水道管渠に係る事故が生じた際には、日常業務を中断して、また勤務時間外であっても、現場に赴き、調査及び出張所に対する報告等を行い、出張所は関係管理事務所と連絡を取り合い対応を検討する。特に誘爆性物質が下水道管渠内に流入する事故が発生した場合等には、管理事務所だけでなく、流入先である下水処理場、ポンプ所、隣接の出張所等と協力し、可燃性ガスの排出等の生命、身体に危険な作業を行う。

(7) 計画部技術開発課では、下水道施設の敷設、下水道処理の効率化等に関する技術の開発を行っており、土木、機械、電気、生物、化学、建築、情報通信等に関する専門、技術的な知識と経験が要求されている。

(8) 管路建設部及び四つの建設事務所は、下水道管渠及びポンプ所の建設及び他の公共機関、建設現場の周辺住民等との折衝業務を行い、工事現場の巡察の際には、危険個所へ立ち入り調査を実施することもある。なお、巡察が夜間において行われることも多い。また、建設現場における事故が生じた場合には、深夜、休日においても緊急に出動し、建設事務所職員及び本局職員が協力して現場の作業を指揮するとともに、情報収集、関係する局内及び局外との連絡調整を行うことが要請されている。

(9) 職員部副参事は他の職員研修担当の六名の職員とともに、管理職研修、OA研修、技術系各職種の実務研修、プレゼンテーション、設備運転実習、転入職員研修、公開研修、派遣研修、安全運転研修等の各種研修を行っており、設備、技術の発達等に伴って研修カリキュラムを変更するために、下水道事業全般にわたる視野と技術的知識を要求されている。

(10) 業務部排水指導課は、事業所から下水道に排出される排水の規制に関する事項を所掌し、下水道法、東京都下水道条例(昭和三四年東京都条例第八九号)に基づいて定めた排水基準に基づいて、各事業所から提出される特定施設の種類、構造の届出を審査するため、技術職、事務職共に法令の内容に精通していることが求められる。また業種別、工場別の製造工程、排水の内容を把握し、排水処理施設の適否を判断して、排水基準遵守の指導を行うために、排水処理の技術、最新の製造工程、物理、化学等の知識が不可欠である。また、排水の水質検査の前段階の処理では不快な作業もあり、水質検査のための分析等に際しても専門的な知識及び技術が要求される。

(11) 業務部排水設備課は、排水設備、下水道供用の事務の指導統制、指定下水道工事店に関する業務を行い、関係住民との折衝などを行うほか、臭気に関する苦情を受けた場合には排水槽の調査を行うが、その際には、ビルの地下等、臭気、湿気があり足場の悪い環境での指導を行うこともある。

(12) また建設工事、設備導入の際の契約事務は所管の経理担当職員が行うこととされており、事務職員であっても、専門、技術的事項に精通していることが求められている。

(13) 都下水道局には、衛生管理者、電気技術管理者等、様々な資格者をおくべきことが法で定められており、有資格者の養成を進め、養成機関に派遣しているが、資格取得のために主として勤務時間外に私的な時間を使用して学習を行うことが行われている。

(二) 右各事実によれば、都下水道局の職員のうち、総務部、施設管理部、管理事務所、練馬支所、水処理センター、処理場及びポンプ所に勤務する職員は、異常気象時における緊急出動要員及び実働要員とされていること、これに加えて処理場及びポンプ所に勤務する職員の勤務体制は夜勤等があり、不規則であり危険な勤務も含まれていること、流域下水道本部は、多摩地区における下水道関係の事故の緊急対応を行っていること、施設管理部では土木、下水道設備に関する専門的知識、技術が必要とされていること、職員部労務課の職員は、下水道局に関わる事故に対する緊急対応の一環として労働組合との緊急の協議の体制を行っていること、施設管理部管路管理課の職員は、管路に関する事故の際には緊急に出動し危険な作業も行っていること、計画部技術開発課の職員には土木等に関する専門、技術的な知識と経験が要求され事故発生時には緊急対応が求められていること、管路建設部及び四つの建設事務所の職員は危険個所へ立ち入り調査、夜間の巡察及び事故発生時の緊急出動が要求されていること、職員部副参事及び職員研修担当の職員は設備、技術の発達等に関する技術的知識が要求されていること、業務部排水指導課の職員は、法令、各種製造工程、排水処理技術、物理、化学等の知識が不可欠とされており、不快な作業もあること、業務部排水設備課の職員は、不快、危険な場所での勤務があること、経理担当職員等についても、契約事務に関連して、水道局の業務に関する技術的事項に精通していることが求められていること、右以外の部の職員の中でも法令で定められた資格取得のために勤務時間外の時間を使って学習を行っている者があることが認められる。

右によれば、都下水道局の職員の職務は、いずれも右に挙げたような特殊性を有していることが認められ、そのような特殊性を有する勤務を行う職員に対し、業務能率昂揚を図る必要性も認められる。そして、都下水道局職員に係る業務手当は、右特殊性を給与で考慮すると期末手当、勤勉手当、退職手当の算定基礎となり、地方公営企業の財政的負担が大きくなることをもって、右特殊性を給与で考慮することが適当でないとして支給されるものであり、給与基準条例六条に違反するものではない。

4  また、原告は、国家公務員の現業職員等には業務手当に類似する手当は存在しないとして均衡原則違反を主張するが、右違反の有無は、双方の業務、職務の類似性、給与全般の定め方等に照らして総合的に検討することを要するのであって、個々の手当の存否のみをもって判断することはできず、単に業務手当と同様の手当が支給されていないことをもって均衡原則違反をいう原告の主張は失当である。

さらに、原告は、本件業務手当で考慮されている特殊な勤務については、他の特殊勤務手当が支払われており、二重払いとなっていると主張するが、同一の勤務について、それぞれ支給対象として着目する特殊性及び支給目的を異にして、複数の特殊勤務手当を併給することができるのは当然であるところ、既に説示したとおり、業務手当は、労働過重性、困難性等を内在する上下水道業務全般について認められる特殊性に着目して支給されるものであり、危険、不快な業務に現実に従事するに際して当該業務の能率の昂揚という目的で支給される他の特殊勤務手当とは異なる目的で支給されるものであるから、他の特殊勤務手当と併給することも許容されるのであって、この点に関する原告の主張も理由がない。

5  以上によれば、本件仲裁裁定の内容は、給与基準条例に反するものではなく、これらに基づいてされた本件業務手当に係る支出は適法である。

なお、以上の説示は、昭和五六年になされた本件仲裁裁定が給与基準条例に違反するとまではいえず、本件仲裁裁定に基づく本件業務手当の支給が違法と評価されないというにすぎず、企業職員の勤務の個別的特殊性を考慮しないこと又は本件業務手当の給付水準を妥当とするものではない。給与基準条例の文言によれば、特殊勤務手当が特殊な勤務を前提としていることは前記説示のとおりであり、企業職員に対する給与については、企業の経営状態、勤務実態の変化又は技術的進歩等による業務内容及びその特殊性に関する評価の変化あるいは一般の給与水準及び他の地方自治体の給与の水準の変動に応じ、適時適切な見直しをすることが、法三八条二項の趣旨に沿ったものといえるのである。しかし、司法判断に服するのは財務会計行為の違法性の有無であり当否ではない上、本件仲裁裁定の内容の見直しを被告らの一存でできないことは、既に説示した地方公営企業の労働関係に照らして明らかであり、管理者たる被告らが見直しのためどのような方策を採るかは財務会計行為に属する問題ではないから、本件仲裁裁定の後に被告らがその見直しのための方策を採らないことが不当と評価されるとしても、このことをもって本件業務手当の支給を違法とすることはできない。

第五  結論

以上の次第であるから、本件訴えのうち、被告今井に対する訴え並びに被告村田及び被告菊田に対する各訴えのうち平成七年四月二日以前に支出された本件業務手当に係る部分は不適法であるから却下することとし、被告村田及び被告菊田に対するその余の訴えに係る請求並びに被告川北及び被告曽我部に対する本訴請求はいずれも理由がないから棄却することとし、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 富越和厚 裁判官 團藤丈士 水谷里枝子)

別紙〔略〕

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